【レポート】沖縄少年会館保存活用のシンポジウム

25 1月

去る2012年1月21日に沖縄県立博物館・美術館講堂にて沖縄少年会館シンポジウムが開催されました。会場には沖縄少年会館設計者の宮里栄一さんも出席され、当時の状況や建設への想いなどを語られました。

第一部では、基調講演として照屋寛公さんより「保存活用運動の経緯」、山内優子さんより「子どもの貧困の現状」が報告されました。

第二部のパネルディスカッションでは、建築ジャーナリストの磯達雄さん、建築史家の倉方俊輔さん、建築家の細矢仁さん、福村 俊治さん、建築施工者の翁長 恵子さん、渡久地克子さん、子ども育成支援者の山内優子さん、仲根藤江さん、仲松美智子さん、文化芸術推進者の加藤種男さんが登壇され、それぞれの立場から沖縄少年会館保存活用に対して意見を交換され、どのように建築物保存と子ども育成が関係し空洞化している中心市街地再生の中核施設として活用していくか議論されました。

今回のシンポジウムを受けて、沖縄少年会館の当初からの設立趣意である「子どもの健全育成」を再び理念に掲げ、そのための施設整備と組織運営化に向けて具体的に取り組んでいくことが統一見解としてもたれました。

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旧沖縄少年会館 存在価値・理念を評価 保存活用へ議論 -琉球新報2012年1月22日-

新沖縄子どもを守る会(加藤彰彦会長)は21日午後、那覇市の県立博物館・美術館で、旧沖縄少年会館(久茂地公民館)について考えるシンポジウムを開いた。市民ら約150人が参加。県内外の建築専門家らの講演やパネルディスカッションを通し、価値のある建造物としての観点と、沖縄の子どもを貧困などの問題から守る拠点とする双方から、同館の保存活用について考えを深めた。
シンポジウムでは、同会館設計者の宮里栄一さんが、沖縄で初のコンクリート打ち放しの建物だったことに触れ「曲線の多い型枠作りと打ち放しは施工者泣かせだった」と当時を振り返った。同会館の施工者の娘・翁長恵子さんは「施工に当たっては戦後の復興への強い思いがあったと聞く。父は貴重な建物を施工したのだと誇りに思う」と話した。
建築史家で大阪市立大学の倉方俊輔准教授は、同会館が「子どもを守る会」(初代会長・屋良朝苗氏)が米軍施政下の劣悪な環境に置かれた子どもたちに夢を与えようと、県内外の寄付を元に1966年建設されたことを説明。「沖縄の背景があったからできたもので、関係した人々の思いを受け、誇らしげな建物という印象だ」と指摘した。
建築ジャーナリストの磯達雄さんは同館の保存活用運動について「ただ昔の建物を残したいというだけではなく、設立時の理念を復興し建物に新たな意味を与えたいという取り組みだ」と評価した。
建築家の細矢仁さん=東京=は「貴重な建物で、存在意義が消えうせるのは残念で許せない」と話した。県中央児童相談所元所長の山内優子さんは「子どもたちの置かれた劣悪な環境は現在も変わらない。屋良氏の理念がかなえられるまで、取り壊すべきではない」と訴えた。

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当日上映されたプレゼンテーション資料

■沖縄少年会館建設経緯

■沖縄少年会館保存活用への道

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コメント / トラックバック1件 to “【レポート】沖縄少年会館保存活用のシンポジウム”

  1. 近現代建築史研究会 2012/01/25 @ 9:45 pm #

    沖縄の旧武徳殿,旧立法院、金武小学校舎などの近現代建築の保存の要望を続けてきました。沖縄少年会館建、かけがえのない都市資産は、後世に悔いを残さないよう正しく評価して、文化財にして保全活用されるよう要望します。地元の保存の声に歴史遺産の研究している立場から関西からも応援させてもらいます。ご協力いただける人は、メール作戦で保存の声を関係方面にお送り下さい。よろしくお願いします。近現代建築史研究会。

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